創業半世紀のいま、
社内からイノベーションを巻き起こす
次世代組織改革
「ヤングエグゼクティブプロジェクト」

ウシオ電機株式会社
システムソリューション事業部
営業部門

勝又 和彦様

ウシオグループでは次世代の経営者を育成する「ヤングエグゼクティブプログラム(ヤンエグ)」で、20代後半から30代前半を中心とした
約20名の参加者が、それぞれ1年半の学びを終えて職場へと輩出されてきた。
入社8年目の勝又さんは2019年度の卒業生のひとり。プログラムに参加したメンバーとしての本音を聞いた。

1期2期と応募して落選。3期目の正直で!

ヤンエグには自分で手を挙げて参加されたんですか?

勝又:同期や同僚に1期(2016年)から参加している人がいて。実は1期目で応募したんですけど選ばれなくて、彼らの姿を外から見ていたんです。悔しさもあって、彼らに対してどれくらいレベルアップしてんのかなー、と斜に構えている自分もいましたよね(笑)。ヤンエグ活動のアウトプットに対して社内で色々な意見が挙がってましたし、私自身も意見したくなりましたが、でも、やってもないのに言うのは反則だよな、と感じていました。

じゃあ満を持して、という感じで?

勝又:いや、それが…1期目の時は「やったほうがいいんだろうな」という感覚もありました。「将来の経営層」というキャッチフレーズがあって、ここを通るとスペシャルな、人とは違う力が得られるんだろうと。で、応募したけど1期も2期も落ちたんです。正直すごい悔しかった。1期は課長クラスの選出も多かったのでそこまででもなかったんですが、2期は同期も選ばれているし、2回連続で落ちてるって、これ絶対落ちてるじゃん!て(笑)。

そうだったんですか、じゃあ3度目の正直だったわけですね。

勝又:そうです、3度目の正直!1期2期で落ちた時、面談で必ずフィードバックをいただくんですがそれは記録してあったので、かなり対策して臨みました。今回落ちてたら、もういいや!ってマインドだったかもしれませんね。
2期生を横目で見ているときは、上司が1期生の課長で、ヤンエグで学んだことを実践されていたのを目の当たりにしていました。業務の中でもファシリテーターの能力を発揮されていたり、「エコシステム」とか社内では聞いたことないものが出てくると、これはヤンエグだな、とすぐわかりました。実際課の雰囲気が良くなったし成果もあげられるようになって、自分も受けたほうがいいな、と。

個のスタイルをつくりたいという思いもありました。当時3年目で営業に配属されて、どこか同期の背中を3年分後ろから追いかけているという感じがすごくあって、面白くないなぁという気持ちはあったんじゃないかな。
ヤンエグに入ったら、ほかの同期が持っていない力を付けられるんじゃないかと。

仕事ではなく作業をしていた全然ダメな新人時代

ウシオ電機への入社のきっかけは?

勝又:きっかけはゼミの先生の紹介でした。ものをつくるとか、何かに詳しくなりたいという気持ちからメーカーを志望していました。大学時代にコンサートの会場設営で照明の手伝いをしたときにウシオ電機の名前を目にして、光を扱うって面白いなぁと思いました。
御殿場出身ということもあり、最初は御殿場の事業所配属になって、事業企画で損益管理を担当していました。
裏方で後方支援するような全体が見えるような業務がやりたくて、事業企画を志望して入社しました。

希望された部署に入れたんですね。

勝又:そうなんですけど、事業企画時代は全然ダメダメでしたね…。勉強にはなったけど成果を出せなかった。決まったやり方を探してしまうというか、どうするのが「普通のやり方」なんだろうと考えていました。
それに、自分たちの作っている製品を知らないと原価管理なんてできないことに気付いたんです。

例えば、10万円の部品が1000万円と入力されていて画面の数字だけ見ていても、それが一体どんなものなのか見たことも触ったこともないから感覚的に間違っているかどうかというのがすぐにわからないんです。1度大きな入力ミスで失敗したときに、あぁ物を知らないってこういうことなんだなと思い知らされました。2年目の時ですね。形だけで「やれてる風」になって自分でもできている感覚になっていたんですよね。作業になってて仕事になってなかった。

その時は上司から叱られました?

勝又:いやー、毎日のように上司から叱られていた記憶が…。でも当時の上司が愛のある厳しい方だったんです。逐一叱っていただきましたよ、本来はこうあるべき、ということを教えてくださいました。

嫌だなと思わなかったんですか?

勝又:思わなかったですね。言われている側としては正しいことをと言われていたのでぐうの音が出ないんですよ。コンサル気質のような方で理不尽ではなかったですね。

営業に異動になったのはいつ?

勝又:4年目の時です。3年目でだいぶモチベーションが下がっていて。社内であまり必要とされている感覚が無かったんです。損益管理って本来すごく重要な役割なのですが、当時の私はただの計算係でしかなかったんですね。そんな仕事の仕方をしていたら、当然ながら現場からは煙たがられる存在になってしまい、自分の仕事の仕方を考え直す以前に、人のためになることをやりたいという感情が湧いてきてしまったんです。当時の自分には部署の中ででそういう存在になるために仕事をつくっていこうという発想にはならなかったんですね。
そんな折にたまたま営業への異動命令があり、その流れに乗った形になりました。

社会人4年目で初めての営業、いかがでしたか?

勝又:最初は想像以上に大変でした。4年目で初めての営業です、それまで工場から出ていないので社会人の当たり前を知らないに等しくて、まずは名刺の渡し方から始まりました。先輩からいただいた案件で受注はしたものの、自分の力で受注したのは半年たってからでした。そのときはもう注文書を握りしめて、本当に嬉しかったです。あの時のことはよく覚えています。

8年営業をやってみてどうですか?

勝又:いやー、変わりましたよね。殻は破れるようになりました。十中八九周りからは営業があってたねと言われるんです(笑)。
自分の中で会社に対する気持ちが変わったなと思っていて、工場にいた時は会社モードと会社以外モードがありました。自分らしさは完全に消していたし、会社の中で心を開いてなかったんです。
営業って、そんなこと言ってられなくて(笑)。社内でも殻をはがしに来る人がいっぱいいる!社交性が高い人も多いですし、殻を破らざるを得ないんです。今は会社でも自分らしくいると思いますね。

なぜ最初はモードをわけていたんでしょう?

勝又:なんでしょう…最初はもどかしさもあったんですよね。仕事もプライベートも入り交ざってしまう気がして、なんとなく分けたほうがいい気がしていました。選んだ時も、やらなきゃいけないならこの仕事かな…くらいだったのかもしれません。

勝又さんから見てどんな営業が良い営業だと思います?

勝又:想いですね。営業マン自体の「ああしたい、こうしたい」という考えと、そちらの方向にもっていくための熱量が大事かなと。それが全部つながっていくんですよね、お客様対応にしても市場に関しても、もっと詳しくなりたいと思うのは必要に迫られて学ぼうとするから。その想いが何から来るかは人によって違うと思うんですけど。

勝又さんの想いは?

勝又:自分だったらこれ、っていうスペシャリティが欲しい。人と同じことやってもしょうがないじゃないですか。もっと貢献したいしやりがいを感じたいですよね。社内で認めてもらいたいという思いも原動力になっていると思います。営業になると、色を出せって言われるんです。みんなスタイルが違うし、でも色を出せるまでに3-4年かかるんですよね。個人のスタイルだけではなく、何か認めてもらえるようなものが欲しいなと。

ヤンエグで自分のうみは全部出し切った

ヤンエグに参加したのは、自分のスタイルを見つけるためでもあったんでしょうか?

勝又:そうですね…個人のスタイルを作りたいということにもつながっていたかもしれないですね。営業では同期から3年分遅れている感覚がすごくありましたし。正直面白くないなぁって(笑)。ヤンエグに入ったら、ほかの同期が持っていない力を何か身につけられるんじゃないか、という期待はありました。

ヤンエグに参加してみていかがでしたか?

勝又:すごい肥やしになったし、想像以上に難しかったです。正直これからだな、という感覚です。使わないとさびついてしまうし、これから実践して体得していかないといけないなと思っています。

勝又さんの一言でヤンエグが一気に変わったという噂を聞きましたよ

勝又:私の一言で変わったと言ってもらえるのは嬉しいです。偶然ではありましたが、きっかけを作れたのかもしれません。最初はモチベーションがすごく高くてかなり前のめりでいってたんです。でも途中で自分自身モチベーションが下がったときもあって、その時はメンバーの雰囲気もあまりよくなくて、すごく気になっていたんですよね。アクションラーニングが始まって年明けくらいだったと思います。みんな疲弊していたし、毎回のアウトプットに及第点は出せるけど…どうなの?っていうのが続いて。
すごいむなしい気持ちでした。このままでいいのか?って。焦る気持ちがありました。最終発表までもう数回しかないし、誰も何もいわないままこのまま走り抜けちゃいそうだぞ、という。

ずっとモヤモヤしていたんですね。それで一言切り出した?

勝又:はい。アクションラーニングの3回目でした。グループだけじゃなくてヤンエグメンバー全員の雰囲気が、これ以上この状態に関わろうともしない、このままソフトランディングしようとしている感じでした。
「みんなこのままでいいの?」とは言わなかったんですよね。僕はしんどいんだ、という話をしたんです。
とにかく自分ができることをやらなくちゃと思って、どうしようどうしようと考えていたんだけど、まずは自分の状態をさらけ出すことだなと思ったんです。「正直自分も力が入ってないし、課題も手についていないし、熱が入っていないんだと。その時家庭との両立もあって、仕事も溜まっているし。でもヤンエグを志望したころの感覚を振り返ると、今の自分はそれに応えらていなくてしんどいんだ」という話をしました。

その一言はかなり重みがあったでしょうね‥勇気がいったのではないですか?

勝又:ヤンエグに何も貢献できていない自分が偉そうに言えないし、本当はこんなこと言いたくないし、なんて言っていいのかもよくわからないけど、とにかくいま言わないとやばいなと。金土とある中で、ずーっと言わなきゃ言わなきゃ、でも言いたくないの自分の中での駆け引きで。金曜が終わり、土曜になって「あーこのままだと修復しないまま終わるなー」ってもう本当に崖っぷちですよね。結局土曜の朝にようやく言ったんです(笑)。

そこから勝又さん自身も何か変わった?

勝又:はい、うみは全部出し切りました。ソフトランディングする必要がなくなったんです。自分のことを良い意味で棚に上げて言えるようになったし、変にきれいな答えを出そうとしなくなりました。できない状況があればそれをちゃんと伝えて、じゃあどうやってできるようにするかという雰囲気をつくることができました。
ヤンエグに参加していま職場でも、視座が高まっているなーとおぼろげに感じることがありますよ。後輩や同僚と話していても、ある意味気にしている範囲が違う。自分たちの中では不満かもしれないけど、全体最適を考えると自分たちがそれをやり続けたほうが手間はかからないこともあるわけですよね。特に周りの不平や愚痴を聞くと、見え方が変わったなと思うことはあります。

スキル的なところでいくと、ディスカッションの場ではヤンエグでやっていた展開の仕方やファシリテーション・ブレストとか型をしっかり学べて使えるようになってきていると思います。手を挙げてファシリテーターをやらなくてもそっちの方向に持っていけるようになりました。会議の効率は確実に上がっています。

一人一人の想いや情熱が培われる仕組みや場をつくっていきたい

これからウシオ電機をこんな会社にしていきたい、というのはありますか?

勝又:想いや情熱が伝わるような働き方をできるようになっていけたらいいなと。上の世代の方たちはとにかく想いや情熱をもってウシオの土台を作ってこられた。でもいま時代や世代が変わり「想いや情熱が生まれてくるための場を設ける」という方法論でやっていく必要があるんじゃないかと思っているんですよね。私自身も想いを語ってくれる方たちの背中を見てきましたが、下の世代には自分の背中を見せるだけじゃ伝わっていかないんだろうと思うので、想いを培っていく仕組みや場を設けていこうと。地道に進んでいこうと思います。

(インタビュアー:楠麻衣香 担当プロデューサー:畑俊彰 2019年11月)